3/26(木)晴れ 眼科通院日、集落調査案

■2020年3月26日(木)晴れ

 今朝、三島町川井の角田亀好さんから電話があり、大石田の秦正信さんが昨夜逝去された、、、とのことであった。狩猟者であり、かすみ草農家である。今日午前は眼科受診だが、終わってから午後2時すぎに自宅を見舞いに訪問する。  ---
 24日は30cmほどの新雪が降り、「くろっぷき」(猛吹雪)だった。

 →3月24日オランダ配信の世界の花の影響記事Impact COVID-19 per exporting country

 25日は午後からかすみ草試作苗2の仮植(40本)。各種草花苗少量入荷。
 午後3時、奥会津書房を訪問し集落調査等の打ち合わせ(案文検討、以下)。

 会津学研究会 奥会津地域集落悉皆調査(案)
                                       菅家博昭

 1809(文化6)年、会津藩は『新編会津風土記』を各村からの書上提出をもとに編纂した。一方で書上に記載しなかった項目、あるいは書上にありながら会津藩により記載されなかった事項等も存在することもわかっている。しかし一定の編纂方針により記載された事項については200年前の村の素描としては優れた内容になっている。
 この『新編会津風土記』を底本として、2020(令和2)年の奥会津地域(とりあえず柳津・三島・昭和・金山・只見の5町村87集落、後に檜枝岐村・南会津町の南郷・舘岩地区)の現住集落の悉皆調査(全集落の現況調査)を行う。これは会が独自・主体的に行うものである。

 2020年初より新型コロナウィルス感染症 (COVID-19) の懸念から、戸別訪問は行わず、集落内を徒歩で歩き、『新編会津風土記』記載事項の現況を見ながら、目にとまる樹木・植物・庭・菜園・家屋・風景・歴史的建造物(石碑、石祠、堂宇)と自治体設置の案内板等を写真、文字、地図上に記録する。
 戸別訪問は感染症収束等を確認して行うとするが、野外の菜園等で作業されている場合にはマスク等を着用し短時間に現況を聞くこともある。

 3月20日に金山町山入地区、只見町十島地区を踏査した。山入地区の事例で報告する。→事例

金山町山入地区
『新編会津風土記』では大岐、宇津野、藤倉、鮭立、沼岐、鹿子沢新田、山中、新遠路(山入本村)、石塚の9集落の記載があるが、昭和44年水害で大岐集落が被災し横田地区に転出移転したほか、宇津野、沼岐、鹿子沢新田、山中の計5村が廃村となっていた。 
 大岐地区跡地を見ると、金山町が建立した案内板(昭和44年水害の被害)、各種植物、古戦場等の木製標柱があり、墓地、山の神等位置がわかるようになっている。
 鮭立地区には金山町芸能伝承館ふるさとむかし館があり、流域の人びとが集まれる施設となっている(山入歌舞伎の拠点)。
 鮭立地区内を歩くと、堂宇前に「太門屋敷の雪見梨」という木製標柱があり、ヤドリギを擁した小さな梨の木が1本あった。標柱に記載された文字は「この梨の木の落葉で、根雪になる」としている。
 天明年間に造られたという磨崖仏群もあり、集落と磨崖仏群の間の畑には、ビニールマルチを敷設しザルギクを植えた圃場がある。現在、奥会津の流行はザルギク栽培で、地区の皆さん(あるいは個人)が、もてなしとして植えていると察せられた(後日聞き取り調査)。むらびとが何を大切にして暮らしているのかを現風景から読み解き・聞く。
 磨崖仏群は冬囲いの板で覆われている。周囲の植生はユキツバキ、ミヤマカンスゲ等がよく生育していた。後者は通称ヒロロで、生活用具を造る素材となっている。
 基礎文献としては『金山町史』(1974)、『鮭立磨崖仏』(1993)、『かねやま村の肖像プロジェクト』(2019)、『金山史談』(1990~)、『奥会津だより』(2020年春で115号、只見川電源流域振興協議会年6回発行)等がある。

 ---

 感染症収束の後は、年間のうち数回は公開で開催する予定。開催集落は未定。
3/20踏査路撮影

『奥会津だより 38号』2006年より
岩渕太門さん(大正4年生)






---
2019年6月記録