12/4(火)Augustin Berqueベルクさん夫妻の昭和村フィールドワーク 「世は美に救われる」

■2018年12月4日(火)
 
 本日は、栃木県小山市での花の日持ちセミナーへ。市村一雄先生・松島さんと小山駅で13時待ち合わせ。会場で樋口博紀さんと合流。午後2時からセミナー。


■第13回地球研国際シンポジウム
Humanities on the Ground: Confronting the Anthropocene in Asia→12月13日・14日、京都。アジアから人類世を問い直す :
現実に寄り添う人文学を目指して、セッション2は「主体としての環境と向かいあう」にベルク先生が参加されます。

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■2018年12月3日(月)曇り、気温10℃

 昭和村大岐ohmataの大枝沢天狗神社ooedasawa-tengu-zinzyaの鳥居前県道で、仙台市からのオギュスタン・ベルクさんらを待ち、案内し、寒い村内を一緒に歩いた。ベルクさんは1942年生まれ76歳。

 レンタカーは京都の総合地球環境学研究所(地球研Research Institute for Humanity and Nature)の阿部健一さんが運転し、嶋田奈穂子さん、ベルクさん、奥様のフランシーさん。

 大岐ohmataを遠望し、ブナbuna、コナラkonaraの二次林が落葉し、その景観の意味。県道から隣接する水田転作畑のかすみ草kasumi-souの圃場、パイプハウスを解体した状況を説明した。

 ベルクさんは、日本語で、「根雪neyukiの期間はいつですか?」と質問されたので、「12月から4月末までです」と説明した。標高は730m。


 すでに正午となったので、大岐から小野川onogawa、喰丸kuimaruトンネルを抜け、両原ryouharaから赤坂峠akasaka-tougeを経て大芦ohashiへ。
 ファーマーズカフェ大芦家ohashi-yaで昼食。その後、嶋田さんの調査地の畑小屋hata-goyaへ。
 戻り路で山神平sanjin-dairaの野菜販売所を見て、大芦から赤坂峠、両原、喰丸から佐倉saguraへ。
 喰丸のかすみ草直売所(立川幸一さん)を視察。
 
 からむし工芸博物館、織姫交流館。

 その後、下中津川simo-nakatu-gawaの昭和村役場へ。舟木幸一村長を表敬訪問した。午後4時。村長には11月の訪問した台湾での馬芬妹(馬藍)さんの織箱のことも報告した。

 宿泊地の野尻中向noziri-nakamukaiのしらかば荘へ。


■カナダのケベック州の北部生まれのフランシーさんも地理学者で地名の研究をされている、という。生まれた地域は農業経営ができる限界地域(北部寒冷地)ということだった。
 話されるフランス語をベルクさんが日本語に通訳、私たちの言語はベルクさんがフランス語で奥様に通訳される。木地屋kiziya、からむし(苧)karamushi、かすみ草、、、
 ベルクさんはモロッコ生まれでパリへ。北海道・宮城県で教鞭もとられている。

 こうした中で、最後にお二人に感想をうかがった。

 フランシーさんは「冬枯れで寂しい風景のなかを歩いた」けれども、白いカラムシ繊維・織物を見て「世yoは美biに救われる」と話された。ベルクさんも、私も同じ感想だ、と言われた。
 世とはワールドのこととフランシーさんは話された。
 世界は素朴な美しさを持つカラムシに救われるという意味であろう。ベルクさんは、「ことわざ」の一節ですと解説された。


 ベルクさんは手のひらにすっぽりと隠れてしまう名刺大の赤い小さなメモ帳にダークグレー色のインクのボールペンで小さな文字で、とても細かく記録をとられる。奥様のフランシーさんはカメラで撮影、という分担。
 ベルクさんはほとんど言葉を発せずに、対象を観察し細密な記録をされる。インタビューでも対象者が話されたことがほとんど記録されている。


 三島町の集落誌調査を1年担当した松崎大君は小さな黒い手帖を使用していたので、ベルクさんに似ていると感じた。

 12月3日の記録は、『広報しょうわ1月号』で紹介する(原稿締切は12月15日)。


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※エクメーネ(居住域)



昭和村大岐
大枝沢天狗神社鳥居前から
ohmata
tengu-sama

ファーマーズカフェ大芦家で
ohashi-ya


大芦の畑小屋集落跡
hatago-ya

大芦の山神平
sanjin-daira

喰丸 kuimaru

立川さんのかすみ草直売所

佐倉 sagura
からむし工芸博物館


からむし工芸博物館



下中津川
simo-nakatu-kawa

昭和村役場

左から
地球研の阿部健一さん
舟木幸一村長
ベルクさん
フランシーさん
地球研の嶋田奈穂子さん