9/20(木)『苧麻』加藤清之助は鶴岡生まれ、北大農へ。そして台湾。

■2018年9月20日(木)曇りのち午後は雨。

 午前8時30分に、酒田市湯野浜の温泉宿を出発し、鶴岡市へ自動車で移動。
 丸岡城跡の加藤清正・子息関連の遺跡を見て、鶴岡市立図書館へ。9時30分の開館のため、30分ほど玄関で待つ。十名ほどが待った。

 2階の郷土資料室の受付で、大正時代の台湾の南洋協会(台湾総督府)から1922年に『苧麻(からむし)』の書籍を著述・刊行した加藤清之助について、照会した。男性氏が奥から出て来て、当方の課題を聞かれ、、、、いくつか受付後方の複写試料を当たられた。

 そして、山形県立鶴岡中学校(旧制)の卒業生名簿で調べてくれて、2点の資料に行き当たった。加藤清之助は鶴岡生まれで、鶴岡中学第十九回卒業(明治44年3月23日、89名)。その後、北大農科に進み、昭和2年の卒業生氏名録(名簿)では台湾製糖株式会社・台湾屛東郡屛東街 居住となっている。昭和16年の同窓会名簿では、日本精糖社員・門司局気附南大東島製糖会社々宅 となっている。その16年名簿のなかに、鳥居武雄(東京・北大農)がおり、農事試験場長・台北市大正町1ノ13 となっている。













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この数日忙しく新聞に目を通していなかった。
9月18日付け民報新聞の訃報欄に、
 
三島町大谷の五十嵐二三夫さんが亡くなられたことが書かれていた。
9月16日、91歳。
19日に葬儀が行われている。
聞き書きでいろいろお世話になった人で、
ご冥福をお祈り致します。