『改訂増補第六版 台湾農家便覧』の苧麻(からむし) 1944年版

『台湾農家便覧』の苧麻(からむし)
 
 

 二〇一六年十一月十二日、A四判のコピー用紙二五〇〇枚が入っていた箱を再使用して『改訂増補第六版 台湾農家便覧』(一九四四(昭和一九)年)が航空便で台湾花連の馬芬妹さんから送られてきた。台湾総督府農業試験場編纂・台湾農友会発行のものである。第一版は一九〇八(明治四一)年、第二版は一九一一(明治四四)年、第三版は一六一六(大正五)年、第四版は一九二四(大正一三)年、第五版は一九三二(昭和七)年に出ている。
 本文が二一四五頁、索引が一四五頁あり、二二九〇頁のものを、白黒電子複写(コピー)し七分冊にしてある。
 この航空便は十一月四日に出され、費用は一二五〇元NTSで、三二元の切手が三九枚、一元切手が二枚貼られていた。重さは約八キログラム。

 馬芬妹さんから電子メール添付で、この原本の表紙等写真には、民国七八年(一九八九)に古書店から購入されたようで、馬芬妹さんとご主人の王銘玉さんの氏名が書かれている。事前に読むように送付されたもので、内容については以下のようである。
 
 『改訂増補第六版 台湾農家便覧』は第五版が絶版となり十余年経過し、改訂版の六版を出すと記されている。水稲、野菜、園芸、果樹、畜産、病害虫、農業土木と網羅した事典である。苧麻(からむし、ラミー)、芭蕉、ガジュマルの樹液、泥藍の製造等も書かれている。
   なお、苧麻についての項目は、
 品種、分根法、実生法、挿木法、土質、肥料、栽培法、繁殖法、粗麻製造法、種子容重、製造、病害(斑点病・疫病・白絹病・炭疽病等)道具類。

 一例を示すと(現代語で表記する)
 苧麻の品種については、
 台湾本島における苧麻栽培の起源に関しては、往古蕃人(先住民)の栽培にかかるものと、今より三〇〇年前支那(中国大陸)から輸入されたものとの二説あり、判然としない。
 苧麻を衣服の資料としている蕃人は台中・新竹・台北・花連港に古住しており、蘭人(オランダ)渡来以前よりすでにこれを栽培していたもののごとく、繊維を採取し自家用衣服を作っている。これら蕃人の栽培系統に属する苧麻は、性質極めて強健でやせた土地にも生育するから、各地に広く伝播し、なおこれらの苧は後住の支那人により蕃界付近の傾斜地に栽培されるにいたった。本島人による栽培の沿革は、今から三〇〇余年前、安平を中心として支那農民が苧麻を栽培したもので、南部から漸次北部に伝播したと称せられる。領台後平地においては、苧麻移譲に有利な作物が現出し、取引の不安なのとあいまって、今日では山間僻地の地によみ栽培されている。

 品種は数十種あり茎の色で分類している。青心種系(大有、青心佳苧、鉄線枝蕃苧、本地種、白皮種)、紅心種系(烏皮種、人苧、紅心佳苧)等。

「苧麻 粗皮製造法(イ)手剥法」一六七三頁
 台湾本島においては収穫した茎を経二四センチ内外の束となし、渓水または池水に暫時浸漬し、これを取り出して左右親指に攀指を、食指に直圏、中指、無名指に攀圏をはめて生茎一本宛を取り、根元四五センチ位のところを親指及び人指で強くねじって皮部を縦に裂き、次に木質部を折って内部より木質部を抽出し、木質部と靱皮部との間に人指を挿入し、一端を引くと木質部と靱皮部とは分離する。得た靱皮を七〇~一〇〇條宛重ねて木質部を三〇センチ位に積み重ねた上にならべ、さらにその上に三~六センチの厚さに苧麻茎を覆い、その上より水を灌注し、一昼夜位そのままに放置し、発酵作用を起こさせる。ただし、ある地方ではその作業を省略し直ちに外皮の剥離を行なうところもある。以上により処理発酵したものを一條または二條取り出し、右手に持った麻刀と右親指にはめた抱管との間にはさみ、麻刀の刀部を粗皮の内部に当て、左手で粗皮の一端を持ち少し下の方に押し下げ、強く引けば粗皮の上皮は容易に剥離せられ粗製繊維が得られる。この繊維を清水で良く洗浄し、竹竿または縄に掛け、晴天であれば一日、曇天であれば二~三日陽乾し、充分乾燥すれば繊維の長短により選別し、適宜の小束にして販売する。
 本島(台湾)においては近年当局の機械剥皮法の指導奨励により、苧麻剥皮機の普及をみたが、苧麻生産量の少ない地方では、現在でも主として手剥法によっている。今、参考までにそれに用いる機具を紹介する。

(a)麻刀(苧仔刀テーアトウ)本機は表皮分離の際使用する鉄製の鈍刀で、刃部は長さ一四センチ位、幅二~三センチ位、これに一八センチ内外の木製の柄が付いている。

(b)抱管(ハウコワン)(苧仔管テーアコワン)麻刀を使用するにあたり、これを右手の親指にはめ、抱管と麻刀の間に粗皮をはさみ上皮を除去するもので、竹製の管状の指輪で、親指の大小でそれぞれその大きさは異なる。

(c)攀指(バンチマ)(攀宰バンチアイ)木質部を除去する際、親指にはめるもので、各自指の大小に応じ自ら製するものである。

「苧麻鎌(テイモアリヤム)」一七八一頁
 苧麻の刈取用にして刃部はわずかに湾曲するも、背部は著しく丸味を帯び幅が広い。鎌の長さ二三センチ、柄は刀に平行して一七センチある。使用年限七~八年。

「苧麻刀(チイモアトオ)」一七八八頁
 一名苧仔刀(チイアトオ)ともいう。苧麻竹管とともに使用するもので、、剥皮する苧麻の表皮を除去するのに用いる。その構造は経二・五センチ、長さ一八センチの竹筒に二辺は何れも一二センチと三・五センチ。梢、三角形の鉄板または銅板をはめたものである。この刀は鋭利ではない。苧麻刀を使用するには、左手に竹筒の一端を握り、同じく左手の親指に竹管をはめて筒の間に苧麻皮をはさみ、刃にその外皮をあて、右手で一端を持ち強く引くときは苧麻の繊維と表皮と分離する。
 一日工程、熟練した女一人で乾燥繊維約一二キログラムを仕上げ得る。使用年限三ヶ年。

「苧麻竹管(チイモアテツコアン)」
 一名苧仔管(チイアコアン)とも称する。長さ一〇センチ、経二・四センチの竹の外皮を剥ぎ去った指管で、これを左手の親指にはめ、苧麻刀を持って粗皮を除く際に使用する。

「苧麻剥皮機」
 全部鉄製で、高さ一五〇センチ、幅六九センチ、長さ八九センチ。発動機または電力により運転する。刈り取った苧麻を刃の付着したまま四~五本を差入口に差し込むと、内部に装置した回転刃により木質部は裁断除去せられ、これを引き出すとき回転刃と差入口の板金とにより扱かれ、表皮その他の付着物が除去される。(略)

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 これは、少数民族(原住民)の事例ではなく、農業としてからむし(苧麻)の栽培を振興、指導する事例としての昭和19年時点でのこととして読むことができる。

 
原本(馬さん撮影)




届いた航空便8kg



到着した複写本(コピー)

 


輪作体系

台湾 桃園市 孫老師の工坊にて道具




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古書店より入手した書籍
1927(昭和2)年 台湾総督府殖産局
主要農産物経済調査 その2 苧麻より