12月31日(日)秀吉の奥羽仕置で、会津領の知行基準は、なぜ永楽銭か?

■2017年12月31日(日) 曇り

 明日は2018年1月1日、午前10時、大岐センターで地区の年始会があり出席する。

 30日に宅配便で田島田部(南会津町)の湯田浩仁さんの手打ち蕎麦が届き、31日はそれを茹でて、ざるそばとして食べる。
 
 
■2017年6月刊の桜井英治『交換・権力・文化』(みすず書房)の、「第5章 銭貨のダイナミズム 中世から近世へ」の補注5で、川戸貴史「奥羽仕置と会津の知行基準」(『史学雑誌』123篇4号、2014年)で、永楽銭、通用銭一般をさす用法を指摘した点を評価しており、それにより川戸著作を求めた。
 
 
 季刊誌『kotoba』30号(2017年12月刊、集英社)は「中世・近世史を読む」。桜井英治の4頁の記事「歴史に問いを投げかける5冊」。安田清人による構成・インタビュー)。考古学から日本中世史に向かった理由などを言っている。
   
 
 2017年3月刊行 川戸貴史『中近世日本の貨幣流通秩序』(勉誠出版)が届いた。2014年初出の論文「奥羽仕置と会津領の知行基準-「永楽銭」基準高の特質をめぐって-」が掲載されている。
 





資料批判、同時代史料と編纂ものをよく分けている。



1932年(昭和7年)
栃木県立農事試験場
苧麻(カラムシ・ラミー)栽培法

経営の基本が1町歩の面積となっている。

永原慶二の著作。
中公新書の『新・木綿以前のこと』は、誤りがあるため、増刷を止めて、
新著『苧麻(からむし)・絹・木綿の社会史』のなかに
そっくり補訂して掲載している。


湯田浩仁さん手打ちの蕎麦


下中津川新田の一坪田遺跡(縄文早期)と昭和57年春の地すべり

■2017年12月30日(土)


1月6日の昭和村の縄文時代の準備のため、村内出土の縄文土器の修正作業(PPT)をしていて、下中津川新田の一坪田遺跡(ひとつぼった、縄文早期)で、発生した地すべりについてネット検索をしてみた。

 昭和57年(1982)4月16日未明、幅90m、奥行き100mの範囲で地滑りが発生した場所が、縄文時代の遺跡であった。深さ8m、幅5mで空隙ができた。
 当時、現場を訪れ写真等も撮影しているが、現在、それが見当たらない。




 PDF11枚 → 守隋治雄「福島県一ツ坪田地すべりにおける粘土鉱物および水質の特徴について」(『応用地質25巻1号』1954)

  あるいは → 応用地質

福島県で発生した一ツ坪田地すべりは、発生することがまれな初生の第三紀層地すべりである。この地すべりのすべり面. は、粘土がなくて岩に擦痕が入った状態のすべり面であった。
 
 

地滑り

『昭和村の歴史』1973年より
一坪田遺跡



12月29日(金) 1月6日昭和学の発表PPT(スライド)作成了

■2017年12月29日(金)
 
 28日は朝に雪があったが小康状態で曇り。通院した病院では人は少ないが予約時間より2時間遅れで診察等がはじまった。1月15日、2月1日に通院することになった。
 

 昨夕から今朝まで、1月6日の昭和学講座「昭和村の縄文時代」(90分)のスライド写真PPT(パワーポイント)を作成した。100枚。

 農文協の『からむし』の執筆作業の継続で年末年始。

 欠席となった12月27日午後の昭和村公民館での古文書座談会には吹雪のなか8名の方が文書類を持ち寄り、予定通り開催された、という。


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 昨日、来年の昭和村の協力隊11名+3名(計14名)の記事を紹介したところ、複数の方より批判的な意見が寄せられた。そもそも専門的な担当者が存在しない部署に、協力隊を招致して業務の管理・指導ができるか?という内容であった。

 また、12月の昭和村議会でも、小中津川の束原源伯議員が、大芦で発掘した大坪A遺跡について取り上げ、保存措置について質問をしたことが村内に配布された『議会・活動報告』(B4両面印刷)で紹介されている。文化財保護のあり方についても疑義を質問し提案をされている。

 奥会津・昭和村では、平成元年からの博士山大規模リゾート開発に関連して、開発抑止となるため村内で確認されていた既存の縄文時代遺跡(遺物散布地)をほとんど遺跡台帳に登録せず、遺跡のとても少ない村として開発誘致をした経緯があり、そのままの状態となっている。遺跡台帳への登録は各地方自治体では登載が終わっているが、昭和村ではこれからそれに対応する予定となっている。
 遺跡台帳では17カ所(中世城館跡等15)で、縄文時代は下中津川の上平遺跡と大沢遺跡、一坪田遺跡の3カ所のみである。
 『昭和村の歴史』(1973年)でも本編で縄文時代12カ所、資料編で18カ所の土器石器が発見された場所が記載されている(238頁)。また中世城館跡は14カ所(山城等)ある。
 隣りの三島町では明治時代までの木地屋敷跡まで登録している。

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 昭和村のからむし(苧麻・青苧)の開始年を600年前からとした誤った記載は、ようやく改められつつあるが、公的出版物(たとえば『からむしの学校』(平成26年刊))や文化庁等関連のものにはまだ「600年前」が修正されないままになっている。
 『文字に見るからむしと麻』(2015年刊、からむし工芸博物館)で、昭和村等で確認できた書面等を上げ、からむしの記録は、江戸時代中期からの記録しか存在しないことを、同時に企画展でも公開している。
 2017年11月30日の官報 第7154号で、経済産業省告示第266号の伝統的工芸品の指定にあたっても、「奥会津昭和からむし織」では、はじめてただしく「からむし引き」ということが登載された。
 「からむし引き」を漢字表記で「苧引き」としたことで、ふりがなが「おひき」になり、「おひき」で誤って登録されている。(1991年 からむし(苧麻)生産・苧引きが「国選定保存技術」に認定され同時に昭和村からむし生産技術保存協会が保持団体として認定)。これは「からむし引き」が正しい。



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縄文時代の遺跡(昭和村の歴史より)

下は中世城館跡 









2018年、協力隊11名募集(奥会津・昭和村)

■2017年12月28日(木)雪

 本日は通院日(治療)。

 1月6日午後、昭和村公民館で昭和学講座(縄文時代)を担当する。資料は38枚送付済み。

 松島義幸さん→2018年2月21日、都内、MPS参加者ネットワーク  


 小川先生 → 食品・SM売り場の変化

 お正月の松、千両 → 東京都 中央花卉

  冬の農業 セシオネ → 立川幸一さん

  冬の農業 後片付け → 菊地敏雄さん

  石川県小松市 → 藍の生葉染め体験
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 昭和村では2017年は3名の、地域おこし協力隊(総務省・昭和村)が活動を行っているが、2018年はさらに新規で11名を募集しているようです。→ 昭和村サイト




現在活動中の3名(広報しょうわ1月号より)


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12月27日(水)雪。かすみ草苗注文。

■2017年12月27日(水)雪。

 昭和村大岐(標高730m)新雪50cm。会津盆地20cm。
 
 昨日、山びこの松崎氏の調査報告が11本、届く。
 
 今日が締切の、2018年のかすみ草苗の注文書をファクスにて農協宛送付する。

 明日、28日は通院日。治療。
 
 
■先に訪問した宮崎県高千穂町役場の田﨑さんから、12月27日午前に電話がある。カラムシ(かっぽんたん)の繊維で布にした衣類を着用した経験者の話を聞いた(昭和18年生の方が小学生の時)。


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中世研・原稿提出、八重山の人頭税とは、、、

■2017年12月25日(月)雨、強風

 福島県中世史研究会の10年記念誌(2018年春刊行予定)の原稿を提出した。予定では14名の執筆(10名の原稿が集まっているという)。昨年4月と6月に報告した「上杉家中の山内氏  横田式部少輔旨俊(むねとし)とは誰か?」。
 山形県上山市中山地区在住の郷土史家・鈴木国夫さんの報文で知った、横田旨俊直系の子孫の方は米沢市から昭和40年代に北海道札幌市に引っ越した、という。探していたところ、25日夜に横田篤先生から電子メール返信があった。
 現在の金山町横田を本拠地とした横田山内氏に関係があると考えられる横田式部旨俊、、、、慶長年間の上杉家中で山形庄内の大山城で山内左衛門として同時代資料に出てくる、、、その後、中山城(現在の上山市)の城代として上杉家中(直江兼続直属)で知られる。
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■得能壽美『近世八重山の民衆生活史―石西礁湖をめぐる海と島々のネットワーク (琉球弧叢書)』榕樹書林 (2007/02)


 
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■人頭税の明治18年の資料。布で納めるものがある。








宮古島






 

12月24日(日)会津は小雨濃霧。/ 高千穂町岩戸ゴカムラ:ノイネ(野稲)とタゴメ(田米)

■2017年12月24日(日)小雪・小雨・濃霧。
 
 28日に飾る歳末のモチつき。


豆餅。




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■2017年12月19日・20日と、宮崎県高千穂町岩戸の五ヶ村で、高千穂町伝統農法研究会の会長・高藤(たかふじ)文明氏宅で、祖父の仁市さん(104歳、大正2年1月1日生)の話を聞いた。印象に残った「言葉」を記す。

ノイネ(Noine 野稲)
 アサの後作にはアサジリダイズを蒔(ま)いた。盆まで蒔ける。ダイコンを蒔くこともあった。小豆を蒔くとアサジリアズキあるいは麦作の後作に蒔いた大豆はムギジリダイズとよんだ。アサの後は、何でも良く育った。
 
 昔は、雑穀を栽培した。水が少ないので畑に稲を植えた。ノイネ(野稲)という。陸稲(おかぼ)のことで、モチ(糯)を作った。長いワラが取れた。

 今年(2017年)春、田に水が溜まらないので、こうした年に田植えしても、サシミズが足りなくなる。
 「水を入れないで、ノイネを蒔け」と祖父・仁市氏に言われたという(文明氏談)。

『上向き田米』(タゴメ)という昭和31年に作られた本がある。岩戸山裏維新以前田成開発史という副題。僧侶の藤寺非寶編、復刊にあたり碓井哲也氏が2002年に復刻した。

高藤仁市さん(104歳)

会津学研究会(奥会津書房)の会津学3冊、子供聞き書き1冊を、いま読んでいる。


新聞は隅から隅まで毎日読む。


2017年産、アサジリダイズ。





 

 
 


12月23日 かすみ草生育調査(熊本県内18日)

■2017年12月23日(土)
 
 通院等都合により27日午後1時30分昭和村公民館の古文書講習会には参加が出来なくなりました。1月6日の昭和学講座の講師は大丈夫だと思います。

 どなたでも参加できます。


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熊本県かすみ草調査

試験場



試験場では、電照・加温試験等が行われていました。


熊本県内、かすみ草生育調査
スミカの西村氏の案内(下)



ベールスター アルファ