2/17(月)インターネット常時接続・復旧へ

■2020年2月17日(月)曇り

 2月13日に光回線を接続しなおし、その後、PPP接続エラーが出ていた。17日昼過ぎにようやく復旧しインターネットに接続できるようになった。土日をはさみ電話が通じず、また今日も数時間電話してようやくつながり対応。














ユワナ(岩魚)三ひき

■2020年2月16日(日)

■今週は父・清一(87歳)の病気の具合により通院日時が変化する。予約は20日だが、それ前に異常があればすぐに通院し投薬を変更することになっている。25日も予約済み。

 14日の通院車中で、父の話を聞いた。記憶を記録にしてみると次のようである(自動車を運転しながら聞いた話でメモをとっていないので、誤りがあるかもしれない)。


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会津若松市滝沢町
ヲ(wo,を)



「ユワナ(岩魚)はキシ(岸)のなかに3びき(匹、尾)くらいいて、エサが流れてくるといちばん大きなユワナが出てきて食べる」と言う。
 「それを釣りあげて、またエサを流すと2番目に大きなユワナが掛かる。そして最後のユワナを釣る」という。

 セイ爺様(清次・明治40年生)は、サツキアガリ(田植え後、旧暦なので6月下旬)に見沢のヒャッコ(大岐から小野川を越え見沢木地の集落の上流、大岐から約10km上流)にユワナ釣りに行き30ピキ(尾)ほど釣ってきた。年に一度だけ行くからユワナはたくさんいた。

 タケシ兄者の親は、柳沢のドラにユワナツリに行き、その話を、こどものころによく聞き聞きした(繰り返し話法、たいへん・何度もよく聞いたという意味)。
 「ドラは、沢のなかの、おおきな石の下をくぐって行く」という話を聞いて、おっかねえ(おそろしい)とこだ、と思っていた。
 ガッコウアガリ(中学を卒業して)に、一人でドラに行ってみた。誰も釣りに行かない場所だから、ユワナは人に慣れていないので、悠々と泳いでいる。
 滝があってそこから上には上れない場所に、そーっと近づくと大きなユワナ、小さなユワナがたくさん泳いでいた。大きなユワナは小さなユワナを追い払う。ユワナの喧嘩(けんか)は、そのときはじめて見た。
 エサが無くなると、大きなユワナは小さなユワナを喰ってんだべと思った。




■ COVID-19 virus 新型コロナウィルス(肺炎)は日本各地で発生が確認されている。検査されていなかっただけ、であることが判明しつつある。
 すでにマスクは無くなっていることから、予防のための「手洗い」を奨めている。
 冬は聞き取り(聞き書き)の時間だが、風邪や新型肺炎の流行等があり土地の古老をたずねることを控えている。



■ → 小川孔輔先生の聞き書き「貿易会社フクカエン」種苗

 → ちいさな渦、おおきな渦、宇田明先生






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■2019年・会津若松市内に「クスリのアオキ」が3店舗開業した。西若松・会津若松駅前(ダイユーエイト向かい)・ヤロウガマエの天寧寺店(もとボーリング場跡地)。いつも駐車場は満車。

 2月15日、福島県立博物館に行った際に近くの天寧寺店に行った。食品スーパーである。レジには長蛇の列。生花も販売している。総菜・弁当・野菜なども充実している。石川県が本社。
 ツルハドラッグも会津各地に出店し多店舗展開しているが、アオキほど食品は置いていない。
 HC(ホームセンター)、SM(スーパーマーケット)をドラッグストアが負かす時代に来ている。





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→ 日経2018年12月14日 より
「クスリのアオキホールディングスは2019年春に東北地方に進出する。福島県会津若松市にドラッグストアを初めて出店する計画だ。地盤の北陸域外で進出先を広げる同社は全国で年80店ペースの積極出店を継続し、11月に店舗数が500店を超えた。食品などの品ぞろえで集客力と地域シェアを高める戦略で、来期には売上高3000億円を射程に収める」

「クスリのアオキの拡大戦略は近年のドラッグ市場全体の成長モデルと共通する。単価が比較的高い医薬品や化粧品で利益を稼ぎ、食品や日用品の価格を抑え集客力を高める。同社の食品関連の売上比率は今期末に初めて40%を超える見通しで、食品部門の売上高も9年前の10倍以上となる1045億円を見込む」
 

いけばな展(龍生派会津支部)

■2020年2月15日(土)12℃

 会津若松市 会津若松市文化センター(2月16日まで)。駐車場は満車で来場者もたいへん多くいました。カスミソウは使われていましたが、ユーカリは無く、草花も少なく、、、2月ですから、、、思い切ったデザインのものが多くありました。
 力作揃いでした。
 福島県立博物館のウシがかじった柱を見た後に、見ました。


カスミソウ

咲いた花は摘み取って、枝を装飾している




ニゲラと黄色チューリップ



テッポウユリ

ユリもほとんど使われない


古典

敷き詰めているのは穀物類







蛍光管





















 

ウシがかじった柱のレプリカ(模型)、、、(震災遺産展・福島県博)

■2020年2月15日(土)曇り

 福島県立博物館へ。企画展の「震災遺産を考える-それぞれの9年-」の入り口には1本の柱が展示されていた。東京電力の原子力発電所が爆発し、ヒトが避難したなかに取り残された飼育牛が、食べ物(エサ)が無くなり、木柱をかじって命をつないだが、、、、、、

 博物館の現代的課題を、同時代記録として見事に展示している。またそれぞれ体験者事の九年間を展示している。4月12日まで、無料。

 山口弥一郎展は3月29日まで。三陸津波の現地調査をした会津出身の山口弥一郎。入館料280円。






半杭牧場(小高区)












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(被災地から)かじられた牛舎の柱 東日本大震災
2012年10月01日
 「これを見てほしい」

 福島県南相馬市小高区の酪農家、半杭一成(はんぐいいっせい)さん(62)に連れていかれたのは、牛舎の中だ。25センチ角の柱が、床から1メートルの辺りで細くなっている。

 「柱のそばに、牛が倒れていた。餌がなくなってかじったんでしょうね」

 小高区は東京電力福島第一原発から20キロ圏内。警戒区域になり、立ち入りが禁じられた。取り残された家畜は逃げ出したり、放されたり。こうした「放れ牛」を集めて飼育している半杭さんの牧場を訪ね、取材した最後にこの柱を見た。

 原発事故で、乳牛40頭を残して離れざるを得なかった。2カ月後に入った牛舎は無残だった。白骨化していたり、ウジが覆っていたり、34頭が餓死していた。残る6頭は姿がなかった。代わりに、見慣れぬ和牛が10頭ほどいた。放れ牛だ。

 放れ牛は民家を荒らす。半杭さんは市の対策に協力し、昨年9月から区内の牧場で放れ牛の捕獲、飼育に取り組んできた。ここでの畜産再開につなげようと、東北大学などがその牛を使い、放射線の影響を調べている。

 今年4月、小高区の警戒区域は見直され、大半で立ち入りが自由になった。ただ、宿泊はできず、除染は進まない。「畜産農家はみな、牛を置き去りにし、餓死させてしまったという思いがある。再開したらまず、碑を建てたい」

 山のふもとにある牛舎を辞し、小高区中心街へ。警戒区域の見直しからまもなく半年。立ち入り制限の解除直後は自宅の様子を見にくる住民の姿を見かけた。いまはその気配すら、ほとんどなくなった。



《朝日新聞社asahi.com 2012年10月1日より引用》
http://nature.cc.hirosaki-u.ac.jp/lab/3/animsci/20121001.htmlより引用